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揉道9. 愚直な修行

桜井先生の戒め

すったもんだの開業そして移転。ようやく半年後にヒグチビルに部屋を借りて腰を据えて整体に向き合う環境が整った。相変わらず予約は殺到し、その口コミから雑誌やテレビの取材も入ったりして、新規予約は半年以上先まで取れないような状況が続いていた。

 

このころよく言われたのが「スタッフさんは増やさないのですか?」と「2号店は作らないのですか?」と「東京にはこないのですか?」である。他にも「先生は選挙にはでないのですか」など色々と言われたのだが、主にはこの3つをよく聞かれた。その時の私の答えは「とんでもない。私はまだ修業中の身ですから。」であった。

 

実は桜井先生の元での修業を終える時、先生にこういう戒めを頂いていた。「君の手はまだできていないから、今後1年間はハラを揉むときは指を使ってはいけない。」指は鋭く相手の体に入り込むことができるが、指の感度や制御が上手くできないとそれは危険になる。だから手が出来るまでは手の平でハラを揉むのがより安全なのだ。

 

私はこの戒めを愚直に守った。半年もすれば随分指も体も手技に慣れてきて、思うように動かせるようになってくる。そうすれば当然「そろそろいいんじゃない?」という気持ちも湧いてくる。また経営面で考えると、少しでも確かな施術効果を出さないと患者さんはどんどん離れていってしまう。そういう時は手を使いたい。しかし桜井先生から頂いた大事な戒めは破れない。

工夫するという技術

かくして1年後、ようやくその戒めから解放される時が来たのだが、私がこの戒めの1年間で得た最大のものはいわば「工夫する技術」だったのかもしれないと今は思う。

 

わざわざ最大の武器である指を封印しつつ、それでいて私に期待する人たちを満足させるだけの結果を残さなくてはならない。これはなかなかの試練である。宮原一男先生の延命学や桜井先生の丹力では、指を縦横無尽に動かしてハラをほぐしていく。その技術を習ったはずなのに、指を使うなという。しかも1年。まるで禅問答のような無茶な戒めである。

 

しかし結果的には、この無茶な戒めを愚直に守りかつ施術効果を出すために試行錯誤したことが、私の中に一つの技術を植えつけてくれたのは間違いないように思う。それは工夫するという技術である。

 

よく言い訳をする人がいる。「あれがないからうまくできない。」という類のものである。私は基本的にそういう発想がない。「あるものでなんとかする。」そういう考え方が身に沁みついている。元々そういう傾向は強かったが、この1年間の戒めでそれは完全に自分の骨の髄に沁み込んだ。耐えて粘って知恵を絞れば、よい工夫が湧いてくる。そういう工夫が活路を開くカギになる。

セミナーやテクニック本は要らない

私はいわゆるセミナーには行ったことがない。いや一度だけ付き合いで気功セミナーに行ってすぐ帰ったことはある。それだけである。整体のテクニック本なども読まない。そういうものはどうにもこうにもお化粧のような感じがして、私はそんなことよりハラを鍛えて地肌を強くする方が本当だと思うのである。

 

開業から数年間、私が技術を磨くために行ったことはとてもシンプルだった。脳に焼き付いている桜井先生の動き、そしてビデオでみた宮原先生の動き(基本的に記憶力の低い私だが、そういう動きは克明に記憶している)を自分の体で実現できるように工夫を重ねる事だけである。

 

あの動きの中で、桜井先生の指は何を感じ取っているのだろう、宮原先生はどうしてこの動きに行き着いたのだろう、そういうことを一日中考える。何年間も考え続ける。ご飯を食べている時、トイレをしている時、どんな時にヒントが見つかるかもしれない。「もしやこれか!」と思ったらすぐに試してみる。その繰り返しをするだけである。

 

そうして理想のイメージに自分を近づけていく。

愚直を尊ぶ

私がもしセミナーを受けまくっていたり、テクニック本を読みまくっていたら、間違いなくハラモミも丹足もこの世には生まれなかった。わたしはその辺にいる整体師となんら変わらなかったであろうし、わごいちも千照館も存在しなかったであろう。

 

最近はとにかくセミナーやネットでのテキスト配信などが目につくが、なぜ人がああいうものに飛びつくのかと言えば、手っ取り早く技術をマスターしたいか、自分ではどうしていいかわからないか、そういう理由が多いと思うが、もし本物を目指すならそこに行ってはいけない。本物になりたかったら、本物の先生について、愚直にやるしか道はないはずだ。

 

遠回りしても成果をなかかな実感できなくても、先生を信じて愚直に努力を重ねること、自分で工夫をする技術を磨くこと、この二つが大事。桜井先生の禅問答のような戒めは、そんな教えを私に授けてくれたと今改めて思うのである。

 

 

 

丹足創始者

三宅弘晃