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仄光(令和8年6月21日)

しっかり踏む

こんにちは、師範代井上です。6月は第1火曜日の稽古が台風による延期となり、1カ月ぶりの稽古となりました。

 

稽古から少し離れたからこそしっかり踏む練習、部位はうちほり。

 

癒し丹足は文字通り癒しを追求するものですが、稽古の中では、つまり道場仲間相手にはしっかり踏みこむ練習をします。しっかり踏みこむことができなければ、優しく柔らかく癒すことができないからです。

 

矛盾するような真理。

 

師範は「ベンツで80キロで走るのと、軽自動車で80キロで走るのと、乗り心地は全然違いますね」そんな例えのお話をされていました。

 

自分の身体を鍛える

 

パワーあるなかべさん。もう一歩、もう二歩!踏み込みたい。自分自身の身体全身使って、大きく深く上下したい。

 

「もっと軸移動しっかりして!もっと上下!」私のその声かけに、「もっと?もっとね!」と自分を鼓舞しながら踏み続けます。

 

気持ちはあるも、軸の上下ではなく外側の力で移動してしまうため思うように身体が動きません。細い踏み相手への躊躇もみえました。それでもしっかり踏みこむ練習。

 

 

両手を大きく振って、全身で上下しようという試み(笑)。踏まれているよねたにさんも思わずにっこり。

 

「もう一歩軸移動頑張って!」の声に、何とか挑もうと上下を深くしていきます。

 

 

そのタイミングで、「そのまましっかり踏みながらよねたにさんのことを見て、揺れを合わせていきましょう」と声かけ。

 

なかべさんは明るく元気な人で、しかもお人好し世話好きな面があって、周りの人を巻き込んで元気にするような場面を稽古中にもよく見かけます。

 

なかべさんの口癖は「踏んでる私の足裏が気持ちいい!」。しっかり踏みこむ練習だからこそ、相手も自分も気持ちよく、その感覚や心の持ち方を広げていきたい。

 

つい自分の動きにだけ集中してしまうそんな時に、ちゃんと我に返って、気持ち良いを追求していきたい。

 

「2条!(丹足道八ヶ条の一つ)」と自分に発破をかけながら踏む姿は、明るく大らかながらも静寂があって、ほんの束の間ですがその場だけ空気がフワっと浮いたようでした。

 

気持ち良さが漂う、そんな空気。

 

気持ち良さ

「あ~、もうダメ!」と踏み続けられない自分を知って、悔しさが生まれたでしょうか。

 

「気持ちいい!」を知るほど相手の気持ち良さを求めたくなり、相手の気持ち良さを求めるほど自分の気持ち良さを再確認することになります。

 

癒し丹足はそんな相手と自分のやり取りをどんどん大きく深くしていく行為だなぁと、この日のなかべさんの踏み姿を見て改めて思いました。同時に、"癒し"について考えさせられることにもなりました。

 

明るさ元気良さ、変え難い癒しだと思いました。

 

 

気持ち良さを知れば知るほど、踏まれ心地の感度も上がっていきます。もっともっと気持ち良くなりたいから(笑)でも本当の気持ち良さってとても難しいものです。

 

千照館ではその本当の気持ち良さを、身体を鍛えながら同時に磨いていくのだと思います。

 

自分の気持ち良さ感度を磨きながら、踏まれ心地を伝える技量も上げていくのです。その行為道程が、この日なかべさんが自分自身に言い聞かせながら踏んだ2条へつながっていくのだろうと思います。

 

言葉を選びながらも濁さないなかべさんの踏まれ役としてのアドバイス。なかなか厳しいことも言います。それは相手を想いながらも、妥協できない気持ち良さがあるからなのでしょう。

 

癒しを思う

癒し丹足において、癒しは与えるものではなく、むしろ与えられるものかもしれません。

 

相手に身体を預けてもらうのではなく、自分が相手に身体を預けること。軸移動は相手に適切に身体を預けることに他なりません。

 

踏む方も踏まれる方も、互いに自分を相手に差し出すこと。そうしてようやく始まる相手と自分のやり取りです。

 

そのやり取りをするために、ベンツのようなボディがいります。気持ちいいに向かうために、柔らかく優しく深く相手に自分を差し出せれるように、自分の身体を鍛えます。

 

相互整体を謳う癒し丹足の所以といえるでしょうか。

 

癒し丹足を作った師範が常に口にする言葉は「想い遣り」です。どれだけ先に、どれだけ深く、自分の五感や感情が思い至らないところまで想いを遣れるか。

 

そういう想い遣りが癒しであることを、指導を介して思い知ることになりました。

 

 

 

井上紙鳶